真の目的が共有されない

目的の設定次第で、必要な手段は変わってくる。

逆に言えば、ある手段(アクション)を選択するには、目的が明確に定められている必要がある。

だが、本来の目的が明確に定められ、かつそれが関係者の共通認識となっていることはむしろ稀だろう。

実際は、明確な目的もなしに何となく動いている、あるいは、目的らしきものはあっても関係者がはっきりと認識しておらず、バラバラに状況を解釈しているというケースが非常に多い。

その結果、何をすべきかが徹底されず、目的がきちんと達成されなくなってしまう。

まず目的を明確に定め、関係者に徹底することが、問題解決には必須である。

例を見てみよう。

会社には昔から、「私用でもいいからどんどん他の部署の人と話をしろ」という不文律がある。だが最近は、勤務時間にもかかわらず1時間も雑談しているなど、不適切な事例が頻発している。この不文律の真の目的は、他部門とのコミュニケーションを活性化することで、会社の生産性を上げようということだろう(部門を超えた業務改善や、新商品についてのブレーンストーミングなど)。

そのきっかけとして、「私用でもかまわない」としていたのだが、その目的が十分認識されていなかったために、不適切な事例が頻発し、かえって生産性を低下させる結果になったと考えられる。

目的意識というのは、私ももちろん皆さんが考えているより簡単ではない。

人間はすぐに忘れるし、私は特に!

すぐにすりかわってしまう。

このようなことがおきないようにするには、目的を常に意識するしかない。

でも、目的といっても色々あるよなぁ。

と思って。私は制約理論の言葉を借りて企業の目的を 将来にわたって儲け続けること としている。

これであれば、この言葉に常に帰ってくればよいことになる。

つまり、この言葉に反する時は目的が変化してしまっているということ。

だから、企業としての御題目は結構重要なのだ。

自分は制約理論であるが、他の会社は経営理念だったりする。

でも、ほとんどの会社は一貫して意識していることは少ない。

だからこそ、一貫しているだけで差別化できる。

この違いは非常に本質的で、非常に大きな違いだ。

 

 

手段の目的化

もともと、ある目的を実現するために手段を選択したはずなのに、その手段を実行すること自体が目的化してしまうことがある。

手段を実行に移す過程で、本来の目的が忘れ去られてしまうのだ。

****以下の例を見てみよう。****

Z社では社員のやる気を向上させようと、いくつかの目標数値を上回った支店には、特別ボーナスを支給することにした。A支店長はほかの支店に負けてはならじと、目標達成に向け、社員に激しくプレッシャーをかけた。その結果、社員はやる気が向上するどころか、ストレスがたまって支店の雰囲気は重苦しいものになってきた。

例は、「社員のやる気の向上」という目的を忘れ、「特別ボーナス獲得」という手段の実行ばかりが強調されたものだ。

もし、A支店長が、会社が意図した目的をはっきりと認識していたら、社員への指示の出し方も異なったものになっていただろう。他者に仕事を指示する際には特に、本来の目的を明確に説明しておくことが必要だ。

そうしないと、指示を受けたほうは、その指示を忠実に実行することが自分に与えられた使命(目的)だと考える傾向があるからだ。

これは本当によくあることです。

あるある のレベルです。

そのため、誰かが気が付いて 手段が目的化している! と注意できる組織になっているべきです。

主導で動かしている人ほど、この現象がおきます。

これは私生活であろうが、仕事であろうが発生することです。

そして、かなり影響も大きいので是非注意をしたいことです。

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