10月3日(金)
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おはようございます。
時には朝の投稿も良いかなと思った西澤です。
#また偉そうなことを書いたので今日の仕事は絶対にミスできません
さて、今日は「痛みを正しく刻む」というテーマでお送りします。
責任感のお話です。
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【ズシリと重たいもの】
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最近、高井さんと “ 責任感 ” について意見を交わす機会がありました。
問題が発生したとき、それを自分事として受け止め、次につながるアクションを起こせるかどうか。
入社した当初はできていなかったなと思いつつ、一体どこで変わったのか?を考えてみると3係時代の客先選別だったように思えます。
当時、未加工品が流れてしまう問題が立て続けに起こっていました。いつものように選別依頼がかかったのですが、その日は自分しか行ける人がいなかったんですね。
1人で緊張しながら訪問し、担当者の方に申し訳ありませんでしたと伝えたところ、こんな回答が返ってきました。
「んー、今月もう5回目ですよね・・・。さすがにちょっとマズくないですか?」
一瞬だけ言い訳らしきものが思い浮かんだのですが、その直後、背中に ズシリ と重たいものを感じたんです。
「・・・申し訳ありません。本当にすいません。」
ズシリと感じた重たいものの正体は、
これまで積み上げてきた山岸製作所の歴史、信用、そして社内にいる人達の顔です。
あ、いまの自分の振る舞い=山岸製作所なんだと。
もしここで失礼なことをしたら自分が汚れるんじゃなくて、山岸製作所が汚れるんだと。
愛社精神とは別な、なにか。とにかく重たかった記憶しかありません。
それ以来、意識が変わったよう思えます。言い訳をしなくなったというより、自分の中に山岸製作所成分が入り込んだような感覚。
そこから徐々に責任感が芽生えた気がします。
ちなみにいまはそこから進化して、オマエがやらなきゃ他が死ぬぞ、と人質を取られたような感覚でやっています。
#あくまでも個人的な感覚です
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【逃げずに正しく刻む】
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仕事に限らず、なにかを背負うこと、心を抉ってくるような痛み、は人生においていくつかあったりします。
呉服屋(自営業)の1億円超え負債にはじまり、700万の奨学金返済、父親の余命宣告など。
どれも重たいものばかりですが、こういった逃れられない環境が今の自分をつくりあげた部分もあるのかなと。
人間である限り痛みは避けたくなるもの。
できることならストレスフリーで穏やかに生きていきたい。そんな願望に対し、そんな世界は存在しないと言うつもりはありません。
対人関係のない山奥で暮らせばそれに近い生活はできるでしょう。
ただ、それでもやらないのは欲があるからです。
もっといい服を着たい、カッコよくみられたい、美味しいものを食べたい、ランボルギーニに乗りたい。
その欲を満たすために、ストレスのかかる戦場に自ら身を置いているんです。
会社で働かなきゃいけないって誰が言ったんですか?
契約したのはあなた自身のはず、辞めたいなら退職代行でも使えばいいじゃないですか。
ただ、雇われじゃなくなった時の痛みは覚悟しておいた方がいい。
言い訳で済むのはカバーしてくれる人間がいるから、愚痴で済むのは利害関係のない人同士の関係であるからであって、そこは勘違いしない方がいい。
年齢が進むにつれて言い訳が通用しなくなるし、見限られる率も高くなる。
体力がなくなり手遅れになってから痛みを感じるのか、それとも若いうちに痛みを刻んで強くなるか。
会社で部下がミスを犯してしまったときに、おおよそ2つの反応パターンがあります。
「自分は間違っていない、あるいは関係ないと自身を正当化する」
「素直に誤りを認める」
だれしも痛みを感じたくない(怒られたくない)から言い訳したくなるものなんですが、ここで問題なのは
事実をねじ曲げようという動きが働いてしまっていること、
発言者の主語が会社ではなく一社員であること。
基本的に誰しもミスは起こり得るもので、そこに関して咎めることってあんまないんですね。
大事なのは “ 次にそのミスが起こらないこと” であって、上司の目線は未来に向かっていて、会社としてどうしなきゃいけないかを考えているわけです。
なぜならそのミスがお客の信用に関わるもので、それが自分の給料、はたまたミスを犯した社員の給料に関わるものであることを認識しているので。
#めちゃくちゃ優しいんだよ
前者は痛みを正しく刻まないから、痛みから逃げる代わりに原因を突き止められず、再びミスを犯す。
後者は痛みを正しく刻むから、痛い代わりに原因を突き止める、あるいはデータを取って次に活かす。
どちらが成長するか、他人から求められるようになるか、よりよい人生になっているかはわかると思います。
もちろん人間なんで他責にしたくなる時もあります。
ただ、それでも自分なりのベストを尽くす姿勢が大事で、模索し続けた先になにかしらの結果が待っていて、それが今後の人生に活きてくる。
こればかりは経験してみないとわからない感覚なんですが、昨日の自分を超えようと努力し続けている人間 VS ひたすら逃げや快楽に浸ってる人間とでは雲泥の差がつくのはわかると思います。
さて、どちらを選びますか?
がんばりましょう。
今日は以上です、ありがとうございました。
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