10月22日(金)

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こんばんは。

本屋さんでノーマスクの老人を見かけたのですが、顔の下半分が白いひげで覆われていたので「だったら大丈夫か」と一瞬思ってしまった自分を恥じたい西澤です。

#ひげマスク

さて、今日は堅苦しい内容ではなく、今西澤が思っていることを書き記していく回にしたいと思います。もちろん知識提供の部分も含んでいるので、すこしでも新しい知識を身につけたい人は読んで頂けたら幸いです。

 

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【なぜ”五賢帝時代”が生まれたのか?】

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西澤はここ半年ほど歴史にハマっていまして、空いた時間には“映像の世紀(テレビ)″や“コテンラジオ(音声)″、本などから情報を取り入れています。

そこで思うことがあって、それは何かというと、歴史を知れば知るほど「人々を導く人」の重要性っていうのを痛感させられることなんです。「首相」が優れているほど国内が活気づく、といった類の話です。

そのなかでも「ローマ帝国」の歴史は特におもしろい。

約1000年の歴史がある国家のため、そのすべてを知れば「人間」ってどういう考えを持っていて、どういう行動を起こす生き物だよねっていうのが、おおよそ理解できるとも言われています。

“武力がすべて”だった時代の中で、ローマ帝国は①市民②貴族③首相(皇帝)の3つの権力バランスをコントロールしようとしていた、非常にめずらしい国家でした。

もちろん建国当初からそうだったわけではなく、何度も失敗(戦争や権力争い)をくりかえし、改善の末に導き出した“ 答え(仕組み) ”でした。

 

ローマ帝国史の中に、人類史上もっとも幸福だった時代と呼ばれるのが「五賢帝時代」。

国家の平和と繁栄をもたらした5人の皇帝たちがどのように選ばれたのか?

皇帝選びの基準となったのは

“人柄(人から愛され、反対する人にも納得してもらうことができる、争いを起こさないなど)“

”知識(軍人としての経験など)”

 

この2つの条件に見合う人材を選んだ結果の「五賢帝時代」だったわけですね。

じゃあなんで“ 5 ”で終わったんだ?って単純に思いました。

なぜかというと、5人目であるマルクス・アウレリウスが後継指名に“愚息”と呼ばれるコンモドゥスを選んでしまったからです。

#じゃあ四賢帝だろ

 

それまでの皇帝選びは“ 有能な人物 ”を養子として迎え入れ、それに加えて必要な教育(国家運営に関する)を受けさせていたんですね。しかし、コンモドゥスは単純にマルクス・アウレリウスの息子でした。

決して世襲制が悪いと言いたいわけではなくて「国家が平和に、なおかつ繁栄させていく」という目的が後継者選びに抜け落ちてしまっていたことに問題があったんです。

コンモドゥスは嫌う人間をかたっぱしから処刑するという暴君ぶりを発揮するのですが、それとは別に、まったく政治に興味がなかったという記録も残っているんですね。

コンモドゥスが圧倒的に悪い人間だったとは言い切れませんが、国のリーダーにそういう人間を置いてしまえる“ 仕組み自体 ”がそもそもの問題なのではという気がします。

 

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【努力し続けるリーダー】

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社会や会社にも同じことが言えて、やっぱり「人々を導くような人間」を選ぶことってとっても“重いもの”だなあと思います。

どんなに「平等だ平等だ!」と叫んだところでやっぱり“誰かが誰かの指示系統下にある”っていう構造は絶対に逃れられない。

子供と親の関係性だってそうだし、先生と生徒の関係だってそうだし、先輩社員と後輩社員の関係だってそう。基本的にみんな“ 誰か ″から学んだり、だれかの意見に従って生きているわけです。

コロナっていう未曽有の事態になった時に、首相が国民の意見をひとつひとつ聞いていたら遅いですよね。気がついたら取り返しのつかない事態になってしまう。

だから人よりも優れた“ 知識や経験 ”、“考え”を持った首相はじめ取り巻きの人たちが一時的に「独裁」を発揮して国を守る。

ローマ帝国もまさにそうで、「一時的な独裁」は必要だと考えていたんですね。だから平民だけではなく、貴族や皇帝の三権分立だった。

#ヒトラーとオウムさんのおかげで独裁のイメージが悪くなりすぎてる

 

これらを踏まえて“ 誰かを導くような人間 ”はそれなりに知識や経験を持たなければならないと西澤は強く感じています。

完璧な人間なんていませんが、それでも常に努力して“ 自分なりの最適解 ”を模索し続けなければいけない。

自分もありがたいことに会社で役職を頂いている立場なので、そこはしっかり励まなければなあと思います。

でも、やっぱり世の中には“ かっこわるい 大人”が存在しているのもたしかです。

#偉そうにごめん!

#自分へのプレッシャーなんです

その人たちを否定するつもりはなくて「その人がなぜ上に立ってしまったのか?」を考えると、やっぱり” 余裕 ”がなかったからなんだと思うんですね。

ちゃんと教育を受けて「知識」や「考え」を身につけていれば、上の立場になっても問題に対してきちんと向き合って処理できる。

もともと処理能力が高い人間はごくわずかで、ほとんどは後天的(努力であとから身に付くもの)なものだと信じています。

プロスポーツ選手ならともかく、多くの人が経験しているビジネスの世界は” ちょっとした勉強 ”で簡単に差が生まれてしまうので。みなさんの周りで日頃から勉強している人なんてほとんどいないはずです。

だから自分自身の力でできることは、結果(利益)を出して” 余裕 ”を生み出すこと。つぎに教育に力を入れる。「知識」を取り入れ、「考えられる」人間が一人でも多くなるようにする。

歴史はなんどもなんども過ちを繰り返してきました。

西澤ひとりなんかでは到底およばない範囲の話ですが、諦めてしまうのはどうも居心地が悪いんです。

せめて自分が届く範囲だけでも変えていきたい。この歴史サイクルに“ほんの少しのイレギュラー”を起こす壮大なるチャレンジです。

頑張ります!

今日は以上です、読んでいただきありがとうございました。

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