8月31日(水)
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みなさんが絶対に忘れてるであろう「プレミアムフライデー(月末金曜に早く帰ろうキャンペーン)」を今さら導入して、ひんしゅくを買いたい西澤です。
#めちゃくちゃ短命で終わった謎コンテンツ
#シュールで面白そうじゃない?
今日は「呪いはそう簡単には解けない」というテーマでお送りします。
最近発見した山口周さんの発信内容(コチラ⇒山口周「ウラヤマグチシュウ」/ Voicy – 音声プラットフォーム)が面白かったので、それを元に話を広げていきます。
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【呪いとは】
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一度「呪いについて」というタイトルの発信を聞いて頂きたいのですが、
忙しい方のために一部分をかいつまむとこんな感じ。
↓
呪い=人から選択肢を奪う言葉のこと
思考は言葉によって成り立つので、呪いにかかっている人というのは脳のシステムにバグがあるということ。
これは、幸せになるための最適解が導き出せないことを意味する。
だから周りの人間から見たらおかしな動きに見える。
不幸な人というのは、なんでそんなことするの?をやってしまう。
その理由は“ 変な情報が混じっているから ”
一種のウイルスにかかっているようなもの。
(ここからは、あくまで山口さんが定義付けした言葉で話を進めていきます。)
たしか以前に潜在意識の記事を出した気がしますが、この話もほぼ同義のように思えます。
例えを挙げるならば、「西澤家」は格好の題材になり得ます。
西澤家はとにかく「◯◯しなければならない」というルールが多く、強制の度合いが半端ないんです。
たとえば、自分のコップを出しっぱなしにしていたら一巻の終わり。
これが見つかるとすぐさま内線で呼び出されます。
#4階建ての家(自営業のお店)だったからそれぞれの階に電話がある
#全フロアに行き渡る「すぐる!!!リビングに来なさい!!!!!」
理屈なんか関係なくて、その世界ではそれが正解として強要されます。
数あるルールの中にはとんでもない矛盾が付き纏うものもあります。
「お菓子を勝手に食べるな」と言いながら自分のお金でお菓子を買って食べると、「お菓子ばっかり食べるんじゃない!」と言われる。
親からの愛だと捉える人もいるかもしれませんが、ここに書ききれないくらいの理不尽を四六時中強要される身にもなってください。
せっかくの機会なので正直に伝えますが、
生まれてこの方、家族といる時間で楽しいと思った経験がほとんどありません。
世間でいう“ 家族愛 ”的なものが本当にわからなくて、昔から家族の感動物語には1ミリも心が動かないんです。
大丈夫です、悲観的になっているわけではありません。
#潜在意識の恐ろしさをみんなに知ってもらいたいだけ
#実際にこういう人が存在することを頭の片隅にでも入れておいて下さい
呪いが積み重なると、こんな怪物が出来上がってしまいます。
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【呪いの観点から見る日本】
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さて、今度は呪いの観点から見た日本について考えていきましょう。
誰もがみな、国の教育方針、各家庭あるいはコミュニティで植え付けらた信念を持っています。
「ルールは守らなければいけない」、「大きな声で挨拶をしなければならない」といったもの。
それぞれ生まれ育った環境が違いますから、いろんな形の信念が存在します。
共通認識が生まれづらい今の時代は、これが顕著に表れます。
かつてはテレビや新聞、学校教育といった感じで情報源がだいぶ限られていました。
だから、ある程度みんなと同じ認識を持ちやすかったんですね。
特に上の世代の人たちは誤差が少ないはずで、それは戦争教育の名残(上の人の指示は絶対など)が残っていたからなんじゃないかなと予想しています。
そこで生まれた信念がいくつかあって、今なお残っている現状があります。
残っていること自体は決して悪いことではないのですが、
問題は
① そもそも間違っている信念(理屈で説明可能な)が信じ込まれていること
② 今の環境に適応していない信念が紛れ込んでいること(=人から選択肢を奪う呪い)
この2つが今の日本の課題だと思います。
以前の記事でもお伝えしたように、信念や呪いというのはそう簡単に書き換えできるものではありません。
長年積み重なって、私たちの頭の中にこびり付いているものなので。
世代間ギャップが埋まらないのはこれが理由です。
加えて、若い人の中でもギャップが生まれている現状があります。
#昨日ポケモン見た?が成立しなくなっている
これらを踏まえた上で、呪いとどう向き合っていくべきか?を後編で考えていきます。

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