2月7日(火)
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こんばんは。
今の自身の活動をあらためて客観的にみた時に、完全にイカれているとしか思えない西澤です。
#「会社の福利厚生を自らつくる」という新しい福利厚生のカタチを生み出した狂人
「希少性に価値がある」というテーマでお送りします。
個人的に面白いなと感じたことを共有する、読み物回です。
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【芸術の変容】
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最近聞くようにしている鳥井弘文さんのVoicyで「希少性」について触れている回がありました。
人間は希少性に惹かれる生き物で、それがなくなった瞬間に人の関心は薄れる。そして自分で新たなルールをつくる人間があらわれると。
これを聞いて思い出したのが、以前読んだ末永幸歩さん著「13歳からのアート思考」。まさにこのことについて触れている本でした。
19世紀までの芸術は「いかにリアルに描けるか?」が絶対的な価値基準としてありました。
人間の目で捉えた風景なり人物なりを、いかにそのままの形でキャンバスに描けるか。それが実現できた作品に価値が発生していたわけです。
しかし、1826年にそれを覆すあるモノが誕生します。
そうです、カメラです。
リアルさに重きを置いていた芸術家の価値はそこでグンッと落ちてしまいます。
そこから一定期間、芸術家不遇の時代が訪れるわけですが、1900年代初頭に2人の天才が現れます。
ピカソ、そしてデュシャン。
「アビニョンの娘たち」を描いたピカソ。
彼は1つの視点(絵の画角)から見た世界だけが、本当のリアルと言えるのか?
世界にそう疑問を呈したわけです。多角的な視点を織り交ぜた、新たな描き方を生み出しました。

「泉」を発表したデュシャン。
ただの男性用小便器にサインをしただけの作品。
それまでの「芸術とは視覚で楽しむもの」という前提・常識をぶちこわしたわけです。

彼らは自分なりのルールで価値(希少性)を生み出しました。
それから約100年が経ち、芸術の世界は再び変革の時を迎えています。
コチラの写真をみてください。

この絵、実はそこら辺にいる主婦が描いた絵なんです。
#Facebookで見つけてぶったまげた
Midjourneyをはじめとする、複数の単語を入力して絵を自動生成するAIアプリがどんどん世に放たれています。
そろそろ新たな提言、ルールを生み出す人間が現れてくるはずです。
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【希少性のある会社を目指す】
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個人的にそれまでの常識をぶっ壊し新たな世界を提示するピカソのような存在には惹かれるものがあります。
現在の常識がうまく機能しているのなら問題ないと思いますが、ただ現状維持に留まり、時代の変化に対応できずにジワジワと死んでいくのだけはごめんです。
西澤の投稿をいつも読んで下さっている人(#いつもありがとうございます!)、学習を怠らずに続けている人達はこういったテクノロジーの存在を知り、なにかしらのアクションにつなげることができます。
しかしそうでない人たちは既存の世界に留まり、自ら未来の選択肢を狭めてしまっている現実がある。
経験値を積まないから考える機会も得られず、自分のルールをつくれなくなってしまうのダブルコンボ。
会社にいる人だけでもそこは変えていきたいと思います。
口だけではいくらでも言えるので、西澤自身が圧倒的に楽しんでいる姿、それでいて結果を出している姿を見せつけてエネルギーを伝播させてみせます。
会社がそんな人で溢れていたら楽しいじゃないですか。
それぞれ誇れる何かを持っていれば、必然的にお互いを尊重するようになる。
その環境こそが「希少性」につながり会社の価値は高まる。
生半可な気持ちの人間が会社なんか変えられるわけありません。
ここに対してはメチャクチャ本気で、未来の人達にそのことを証明するための西澤投稿でもあります。
#世の中の上に立つ人間に対する自分なりの復讐劇
決して個人単体を全面否定しているわけでなく、個人の一部の姿勢や行動だったりに怒りを覚えているだけ。
利害関係のない時間であれば、西澤はいたって平和な人間です。
#最近のマイブームは田んぼ道を1時間ひたすら歩き続けること
言うべきところはしっかり伝え、議論し、そして修正、アップデート。
それができるだけでも希少性のある会社になれるはず。
頑張ります。
今日は以上です。ありがとうございました。

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